渋井式クロスファイア

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【305】球界驚愕?!ファン激怒!?2018オフシーズンを賑わせる「人的補償」

まさかの人選でしたよね。

 

 

こんばんは。渋井です。

異種データ部やるやる詐欺してコラムタイトルみたいなブログ記事

 

2018年オフ、NPBでは5名の選手がFA権を行使しました。その内、権利放棄した中村剛也選手を含め、ライオンズから浅村栄斗内野手炭谷銀仁朗捕手の3名。他2名はバファローズより西勇輝投手、カープより丸佳浩外野手であるが、今季のFAは彼らよりも注目を集めているのが「FA選手に対する人的補償」制度である。

選手には、ポジションに関係無く宣言時所属球団の日本人のうち、年俸が高い順に3位までを「Aランク」、4~10位までを「Bランク」、11位以下を「Cランク」とランクが定められる。そのうちAランク・Bランクの選手がFA宣言により他球団への移籍が完了した際、該当選手の元所属球団は、移籍先の球団から選手を1名、人的補償として獲得出来る権利を得られる。正し、全ての選手の中から好きに選べるわけではなく、移籍先球団が選択した28名の選手・すべての外国人選手・その年のドラフトで獲得した選手は獲得することはできない。一般的には、「移籍先球団が28名の選手を選択する」ことを「プロテクト」と呼ぶが、このプロテクトから外れた選手が、獲得される選手となる。

 

この事実を踏まえた上で、今季FA選手に対する補償を確認したい。

まずはライオンズからイーグルスに移籍した浅村栄斗選手。推定年俸は2億円を超すため、補償が発生し得るランクである事は間違いないが、ライオンズは人的補償による選手獲得は選ばなかった。人的補償による獲得を選ばないと、金銭補償を通常よりも多く受け取れるようになる。

続いてバファローズからタイガースに移籍した西勇輝投手。彼もまた補償が発生する選手であり、バファローズはタイガースから社会人出身プロ入り3年目の竹安大知投手(24)の獲得が発表された。一軍実績のあまりない竹安の放出は、タイガースにとってはある意味仕方のないことであった。

 

話題はここからである。ライオンズから移籍した炭谷銀仁朗捕手、カープから移籍した丸佳浩外野手は、共にジャイアンツに入団。ジャイアンツは2名の人的補償を選ばれることとなったのだが、ライオンズは内海哲也投手(36)を、カープ長野久義選手(34)の獲得をそれぞれ発表。共にジャイアンツの一時代を築いた大選手であるが、何故このような形で獲得される事となったのだろうか。

 

そもそも、これだけの実績・名声の高い2名を何故プロテクトしていなかったのか。28名というプロテクト枠から弾かれてしまうのは、ジャイアンツの中では2018年支配下登録選手70名より、引退選手が4名(杉内・西村・山口鉄也・脇谷)、退団する日本人選手が6名(篠原・与那原・河野・寺内・辻・青山)、移籍が決まった選手が3名(中井・橋本・リャン)、2018年オフに退団する選手を含め、外国人選手が8名所属していた。更に、一時的に自由契約となった選手が1名。つまり、2019年の契約がこの時点で決まっている日本人選手、即ちプロテクトしないと取られてしまう可能性のある選手は48名である。この中から28名のプロテクトを選択するのだが、ジャイアンツは今オフ、自由契約から中島宏之内野手を、米球界から復帰する岩隈久志投手をそれぞれ獲得していて、彼らもプロテクトしないと補償選択の対象となるため、枠を確保する必要がある。つまり、残りの26枠を選択し、そこでプロテクトに選ばれなかった22名の選手人的補償となり得る事となり、その選手こそ内海哲也投手であり、長野久義外野手である。

一般的に実力が未知数の若い選手が獲得されることの多い人的補償に於いて、この2選手の選択は異例とも言える。人的補償選手としては、通算133勝を挙げている内海選手は、2006年の工藤公康投手(ジャイアンツ→ベイスターズ)の215勝に次ぐ勝利数。通算1271安打を放っている長野選手は、2005年の江藤智選手(ジャイアンツ→ライオンズ)の1479本に次ぐ安打数である。長野選手はさらに、2018年に116試合に出場しており、人的補償として選択される年の試合出場数は過去最多である。

 

どんな形であれ移籍が決まってしまえば、加入する球団のファンは結果を残してほしくなるが、人的補償選手になる選手が大きな活躍をした例は多くはない。中堅以上の選手が即戦力として活躍出来た例は、2008年の福地寿樹外野手(ライオンズ→スワローズ。2008年成績:131試合出場・打率.320・42盗塁で盗塁王を獲得)が圧倒的。2013年の馬原孝浩投手(ホークス→バファローズ。2014年成績:55登板・32ホールド・防御率3.55)もチームの躍進を大きく支えた。過去25例あった人的補償の歴史に、新たに名を刻めるか。